窓 新幹線の窓 旅の瞬間を見逃さない
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静岡県 函南町

トンネルの上は、牛乳の里。

丹那牛乳と、鉄道が変えた暮らし。

熱海と三島のあいだ。
窓が暗くなる、その上に、
こんな盆地が広がっています。

牛乳とトンネルの話を読む

約3分で読む / 東海道新幹線沿線

玄岳から望む丹那盆地。山々に囲まれた平地に畑や集落が広がる。
玄岳から見た丹那盆地 · 2010年
写真:Batholith / Wikimedia Commons / Public Domain
東京方面熱海新丹那トンネルこの話の舞台は、その地上三島新大阪方面

いつも通る、その場所に

牛乳の「丹那」は、ここの名前。

「丹那牛乳」という名前を見かけたことはありますか。丹那は、静岡県函南町にある土地の名前。伊豆の山あいに広がるこの盆地は、酪農の里です。

東海道新幹線は、熱海と三島の間を新丹那トンネルで抜けていきます。車内から盆地を眺めることはできません。それでも私たちは、牛乳のふるさとの下を通っているのです。

そしてこの土地では、鉄道が
牛乳づくりの歴史にも関わっていました。

地上と地下を、重ねてみる位置関係の模式図
丹那盆地と、その地下を走る二つの鉄道 地上に丹那盆地の集落と農地。地下には東海道新幹線の新丹那トンネルと、在来線の丹那トンネルが通る。高さや距離、線路の配置は実際の縮尺ではない。 丹那盆地 集落と農地、酪農の営み 新幹線:新丹那トンネル 在来線:丹那トンネル
二つのトンネルの上下関係や縮尺を表した図ではありません。水と農業の転換の話は、在来線の丹那トンネルの工事にさかのぼります。

暮らしが変わった理由

トンネルへ抜けた水。地上に残された課題。

新幹線が走り始めるより前のこと。丹那では、酪農とともに、水を使う稲作やワサビ栽培も営まれていました。

ところが、東海道本線の丹那トンネル工事で、大量の地下水がトンネルへ流れ出します。地上は渇水に見舞われ、農家は、それまでと同じように作物を育てることが難しくなりました。

地域は渇水への補償を受け、農業の軸を酪農へ移していきます。牛乳の里の歩みには、鉄道の難工事と、暮らしを立て直す人々の選択がありました。[1]

次に手にする一本に、この土地を思う。

丹那牛乳を見かけたら、パックの名前から、あの盆地を思い出す。熱海と三島の間で窓が暗くなったら、地上の暮らしを想像する。

降りたことのない場所でも、知っている牛乳から、近くなることがあります。

話の続きを、旅の中へ

丹那に、触れてみる。

この話の出典・写真について
  1. 伊豆半島ジオパーク「酪農王国オラッチェ」 — 丹那トンネル工事による渇水、稲作・ワサビ栽培から酪農への転換。
  2. 丹那牛乳「140年の歴史」 — 1881年からの酪農、大正末期の農業転換、1955年の工場開設。
  3. 函南町「新かんなみ~る」(PDF) — 地形・地下水と丹那の暮らし。
  4. Batholith「Tanna Basin 01」 — 2010年5月12日撮影、Public Domain。玄岳からの写真で、車内からの眺めではありません。

2026年10月11日に出典を確認した読み物の試作。図は編集部作成の模式図です。