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愛知県 西尾市

抹茶の緑は、日陰で育つ。

黒い覆いの下で始まる、西尾の抹茶。

抹茶の色からは、想像しにくい風景です。春の西尾では、茶畑に黒い覆いがかかります。あの緑と旨みを育てるために。

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約3〜4分で読む / 東海道新幹線沿線

西尾市の茶園。茶の木を覆う黒いネットと、緑の葉が見える。
黒いネットをかけた西尾市の茶園。2011年5月15日、現地での撮影。
写真:At by At / CC0 1.0

あの緑の、育った場所

茶畑なのに、黒い屋根。

抹茶ラテやアイスの緑を見て、茶畑を思い浮かべる。では、その畑が黒い布で覆われていたら。愛知県西尾市の茶づくりには、そんな少し意外な春の風景があります。

西尾は、豊橋と三河安城の間で東海道新幹線が通る市の一つです。茶産地の中心の一つ、稲荷山茶園は、市の北西部、矢作川の左岸にあります。新幹線の通り道と、ふだん口にする抹茶が、同じ市の名前でつながります。

茶の新芽が伸びるころ、棚の上に遮光用の資材を広げる。これが西尾で受け継がれる「棚式覆下栽培」です。葉の上にわざわざ日陰をつくるところから、抹茶の味づくりは始まります。

図で、つながりをたどる

抹茶は、畑からつくられる。

  1. 01

    日陰で育てる

    棚の上の覆いで日光を抑え、旨みのある葉へ。

  2. 02

    碾茶に仕上げる

    蒸して揉まずに乾かし、茎や葉脈などを取り除く。

  3. 03

    石臼で挽く

    仕上げた碾茶を細かい粉に。ここで抹茶になる。

畑から、粉になるまで

旨みを育てて、葉を挽く。

日光を抑えて育てると、茶葉は渋みを抑えた、旨みのある葉になります。抹茶らしい香りも、この育て方に関わっています。黒い覆いは、収穫を待つ畑の一時的な姿なのです。

摘んだ葉は蒸し、揉まずに乾燥させます。茎や葉脈を取り除くなどの仕上げを経た原料が「碾茶(てんちゃ)」。それを細かく挽いて、ようやく見慣れた抹茶になります。粉になる前から、抹茶に向けた工程が続いているのです。

挽く仕事にも時間がかかります。西尾のメーカー・あいやが紹介する茶道用の高級抹茶では、石臼一台で一時間に約40グラム。小さな缶に入るほどの量にも、畑から続く仕事が積み重なっています。

この町が選んできたお茶

はじめから、抹茶一筋?

西尾の茶づくりが産業として本格化したのは明治時代。初めから現在と同じ姿だったわけではありません。早い時期から質の高い茶を目指し、大正後期になると、碾茶の生産が中心になっていきました。

地元のあいやの歩みには、玉露から碾茶への転換や、1930年代以降の製茶機械の発達が記されています。さらに1960年ごろからは、抹茶を食品の材料として売る道も開拓しました。飲む一服と、お菓子に使うひとさじ。その両方へ、産地の仕事が広がってきたのです。

次に選ぶ、ひと口に

「西尾の抹茶」を探してみる。

地域ブランド「西尾の抹茶」は、西尾市と隣の安城市で育った茶葉を、同じ地域で碾茶に加工し、仕上げ、茶臼で挽いたもの。名前には、栽培だけでなく、加工する土地のつながりも含まれています。

次に抹茶を選ぶときは、パッケージの産地を少し見てみる。「西尾」の文字があれば、春の黒い覆いと、その下の新芽を思い出せます。新幹線で通り過ぎた町が、ひと口の向こうに見えてくるかもしれません。

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西尾市に、触れてみる。

返礼品の内容・受付状況は、自治体の公式案内から確認できます。

この話の出典・写真について
  1. 西尾市「西尾の抹茶・お茶」 — 稲荷山茶園の位置、明治以降の産業化と大正後期の碾茶中心化、地域ブランドの生産・加工範囲。
  2. 西尾茶協同組合「西尾の抹茶について」 — 棚式覆下栽培、碾茶加工から茶臼挽きまでの製法。
  3. 葵製茶「抹茶とは」 — 遮光と旨み・香り、揉まない製法。
  4. あいや「抹茶の製造工程」 — 茎・葉脈の除去、茶道用高級抹茶の石臼一台一時間約40グラムという同社の製造例。
  5. あいや「沿革」 — 玉露から碾茶への転換、1930年代以降の製茶機械、1960年ごろからの食品材料への展開。
  6. At by At / CC0 1.0 — 黒いネットをかけた西尾市の茶園。2011年5月15日、現地での撮影。。写真は現地の実景です。車窓からの見え方を保証するものではありません。

2026年10月11日確認。